コラム

2026.9.3

いまなぜ、​幸せの​ものさしを​問い直すのか──​「We-Being」​提唱の​背景に​ある​3つの​観点

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いまなぜ「We-Being(あいだに宿るウェルビーイング)」を新たに提唱するのか。日本の職場において孤立・孤独が進むなか、いま新しいものさしが求められる背景について、コクヨ ワークスタイル研究所 所長/We-Being Project発起人である田中康寛が解説します。

いまなぜ、幸せのものさしを問い直すのか──「We-Being」提唱の背景にある3つの観点

ウェルビーイングという言葉がこれだけ広まったいま、なぜ新しい概念を提唱するのか。私たちがWe-Beingを提案する背景には、いま使われている幸福のものさしが、どこで生まれ、何を前提にしているのかという問題意識があります。 ウェルビーイングはすでに社会の共通語です。国の豊かさを幸福度で捉える国際調査が毎年公表され、2026年版の「世界幸福度報告書(World Happiness Report)」では、日本は147か国中61位。前年の55位からさらに順位を下げ、G7では最下位でした。健康寿命は世界トップクラスなのに、幸福度は低迷しているといわれます。この構図は毎年のように報じられ、もはや見慣れた風景にすらなっています。 日本でも人的資本経営の文脈で、従業員のウェルビーイングは経営の重要な指標になりつつあります。このプロジェクトで問い直したいのは、ウェルビーイングを測るものさし自体です。3つの観点を手がかりにお話しします。

個人の幸福を追うほど、幸福から遠ざかる

1つめは、幸福研究のなかで報告されてきた逆説です。米国の心理学者アイリス・マウスらは、幸福を強く価値づけて追い求める人ほど、かえって幸福度が低くなるという実験結果を2011年に報告しました。 続く研究では、幸福の追求が孤独感を高めることも示されています。幸せになろうとするほど自分の感情に意識が向かい、いま感じている状態と理想との差ばかりが目につく。そして、目の前の人と過ごす時間が後回しになっていく。個人の達成で描かれた幸福を追いかけることには、どうやら構造的な厳しさがあるようです。 ただし、この逆説は全世界で同じように起こるわけではありません。マウスらが加わった2015年の国際比較研究では、米国のような個人主義的な文化圏では幸福の追求が幸福度を下げる一方、東アジアやロシアのように幸せを人との関わりのなかから見出そうとする文化圏では、幸福の追求がむしろ幸福度を高めることが確認されました。 つまり、問題は幸福を求めること自体ではなく、幸福をどんな状態として描いているかという幸せの中身が結果を左右するということです。

日本の職場における孤独・孤立

2つめは、日本の職場の孤立化です。コクヨと京都大学が9か国のワーカーを対象に行った調査では、「気軽に相談できる同僚の数」が、日本は平均2.0人と、9か国のなかで最も少ないという結果が出ました。最多の中国は9.6人、オーストラリアは6.3人、お隣の韓国でも2.6人です。 なにより驚いたのは、気軽に相談できる同僚が1人もいない人の割合が、他の国ではおおむね5%前後なのに対し、日本では約20%にのぼることです。社内・社外を問わず相談相手がゼロという「完全孤立」の状態にある人も17.4%。プライベートでも付き合いのある親密な同僚が一人もいない人にいたっては、過半数の55.1%を占めました。 しかも日本は、9か国のなかで平均勤続年数がもっとも長い国です。長く同じ職場をともにしているはずなのに、頼れる相手がおらず孤立化していると考えられます。業務上の報告・連絡など表面的なコミュニケーションはあっても、助け合い、分かち合える仲間が乏しいのが、日本の職場の現在地です。 日本は協調性の高い文化と言われますが、職場においては同調や無関心が漂っているように思えます。孤独は世界的な課題となっていますが、日本では血縁や地縁に加えて社縁の希薄さも際立っているようです。

社内で気軽に相談できる人の数(9か国比較)  左図:「相談相手ゼロ」の広がり(9か国比較) 出典:コクヨ×京都大学 We-Being 9か国調査 | 右図:We-Being総合スコアの9か国比較

それでも、縁やつながりを尊ぶ心そのものが失われたわけではないと思います。にもかかわらず、日本の職場ではチームの成果を分かち合えているとはいいがたい。We-Beingのスコアにおいて日本は9か国で最下位でしたが、なかでも、仲間の成功を自分のことのように喜べるという「わかちあう幸せ」の低さは他国と比較しても目立ちます。協調性を重んじる文化であっても、協調的な幸せが高いわけではないのです。

図:We-Being総合スコアの9か国比較

これらの結果は、単なる人付き合いの好みの問題ではありません。日本は協調的な関係を土台として個人の自律が育つ文化圏です。その土台であるはずの協調が揺らぎ、孤立が広がっているのだとすれば、協調関係という拠り所が支えているはずのワーカーの意欲や挑戦が妨げられているのかもしれません。そうだとすれば、従業員へ自律や挑戦を促しても、協力を得られず途中で破綻する可能性は高まるでしょう。 働き方改革の末、個人の働きやすさは着実に整っていると感じます。一方で、コクヨ・ワークスタイル研究所の国内調査では、職場で話しかけられたくないというワーカーが2023年以降増えています。AIやリモートワーク、ハラスメント防止の強化などによって、自助や自己責任の意識が高まったことが影響しているのかもしれません。これまで同僚や上司との関係で滑らかに進んでいた仕事を個人の頑張りで置き換えようとすれば、行き着く先は疲弊や燃え尽きでしょう。

職場での意識変化/出典:コクヨ『WORK VIEW 2025』

その兆しは、すでに管理職に表れています。9か国調査では、日本の管理職はサポートを「提供する量」が「受け取る量」を大きく上回り、その差し引きの負担は非管理職の約6倍に達していました。しかも、他者への支援が多い管理職ほどWe-Beingが下がるという傾向が確認されたのは、9か国で日本だけです。 「現在の会社で管理職になりたい」と答える働き手が15.7%と過去最低を更新したというパーソル総合研究所の調査結果も、この構造と無縁ではないでしょう。なお、年代別に見ると日本のWe-Beingは30〜40代で落ち込む「ミドルの谷」を描きます。キャリアの分岐と人間関係の希薄化が重なるこの世代は、これから管理職を担う中核でもあります。

図:年代別に見たWe-Being(ミドルの谷)

もちろん、企業もそれを見過ごしているわけではありません。日本企業のウェルビーイングへの投資は、年々増えています。ただ、その施策の多くは健康増進やストレスチェック、マインドフルネスといった、個人の状態を整えるものに重きが置かれています。もちろん個人へのケアは欠かせません。しかし、いま日本の職場でケアが必要なのは「関係資本」なのではないでしょうか。関係の貧しさに応えるには、単位を「We」に置いた新しいものさしが要ると考えました。

ものさしそのものが、特定の文化の産物である

3つめは、ものさしそのものの前提です。 国際的に使われてきた幸福感やウェルビーイングの指標の多くは、欧米で開発されました。人類学者のジョセフ・ヘンリックらは、心理学をはじめとする行動科学の知見の大半が、西洋の(Western)、高学歴で(Educated)、工業化された(Industrialized)、豊かで(Rich)、民主的な(Democratic)社会、頭文字をとって「WEIRD」と呼ばれる集団のデータに依拠してきたことを明らかにしました。WEIRDな人々は世界の人口のごく一部にすぎず、比較データの上ではむしろ人類のなかの外れ値であるのに、その心のあり方が「人間の標準」として扱われてきたというのです。 感情の研究でも、同じ問い直しが進んでいます。文化心理学者のバチャ・メスキータは、感情を個人の内面に宿るものとみなす見方(MINEモデル)は西洋に特有の枠組みであり、世界の多くの文化では、感情は人と人との関係性で営まれるもの(OURSモデル)として経験されている、と論じました。怒りも誇りも、そして幸福も、文化によって成り立ち方が違う。だとすれば、ひとつのものさしを普遍として世界へあてがうのではなく、それぞれの文化や規範に合ったものさしに微修正する必要があるように思います。 幸せの理想像そのものにも、文化差があります。内田由紀子教授らの研究によれば、日本では、喜びが突き抜けて高い状態よりも、穏やかでほどほどの状態を幸せの理想とする傾向が見られます。象徴的なのが、「興奮するか、風呂に入るか」と題された日米比較研究です。身体的な健康をもっともよく予測する要因を探ると、アメリカでは興奮や熱狂といったポジティブな「感情」だったのに対し、日本では入浴に代表される穏やかなポジティブの「行動」でした。ポジティブ感情の最大化を理想とした尺度で日本の職場を測れば、実態より「不幸」に見えてしまいかねません。幸せそのものの定義だけでなく、回答の仕方も文化や規範の影響を受けているのです。

図:幸せを感じた瞬間の「興奮の度合い」(4地域比較) 出典:コクヨ×京都大学 4地域調査(日本・台湾・アメリカ・イギリス)

個人的な幸福を追うほど、幸福から遠ざかる。協調的な文化とされる日本で、職場の孤立が際立っている。そして、それを測るものさしは、WEIRDな世界を前提としたものにあふれている。これら3つの手がかりを鑑みて、ウェルビーイングを個人の内面ではなく、関係から捉えなおしたい。もっといえば、その「関係」の意味の幅を日本やアジアの文化から広げたいと考え、We-Beingというものさしを探究してきたのです。

We-Beingをどのように計測するか

ウェルビーイングのものさしを文化差から問い直す研究を、日本で早くから進めてきたのが内田教授です。内田教授らは、東アジアに根づくウェルビーイングのかたちを「協調的幸福感」という概念で捉え、測定できる尺度をつくりました。人並みであることへの安心、周囲との調和、穏やかな心持ち。欧米型の尺度では捉えきれなかった幸福感を、国際比較が可能なかたちで明らかにした研究です。 We-Beingは、この協調的幸福感の知見をもとに、職場という文脈へ発展させた概念です。共同研究では、We-Beingを構成する3つの幸せを14の設問で捉えています。また、We-Beingを支える協調的な体験を探究し、「安全」「調和」「相互刺激」「貢献」「受容」という5つの体験を測る尺度も併せて開発しました。調査は9か国で同一の設問により実施し、国を越えて比較できる設計にしています。

  • 安全の体験(Openness):ルールと敬意が共有され、安心して対話や関係構築に臨める体験
  • 調和の体験(Togetherness):気心の知れた仲間と一体感を感じて、雑談から業務連携まで自然に交わす体験
  • 相互刺激の体験(Synergy):意見の対立を建設的に解き、互いの成長や成果を称え合える体験
  • 貢献の体験(Contribution):周囲の困りごとに気づき、手を差し伸べて職場に貢献する体験
  • 受容の体験(Receiving):納得のいく評価と公正な分配に加え、他者からの気遣いや学びを受け取る体験

この尺度を使った9か国調査からは、We-Beingの効果も見えてきました。We-Beingが高い人ほど、働きがいが高く、離職意思とストレスが低いことが示されました。厳密に言うと、We-Beingのなかでも3つの幸せの働きには違いもありました。「わかちあう幸せ」は働きがいをもっとも強く押し上げ、「なじむ幸せ」と「ひとなみの幸せ」はストレスを抑えて、働きやすさを高めるのです。働きがいを高める幸せと、働きやすさを支える幸せ。3つの幸せはそれぞれ異なるかたちで職場に効用をもたらすと言えます。「あいだ」の幸せを育むことが、結果として個人の仕事の質にも返ってくるのです。 私たちがWe-Beingの探究を通して向き合いたい社会課題は、「職場の孤独・孤立」です。長く勤めているのに、頼れる相手がいない。出社回帰によって人に囲まれて働いているのに、独りで抱え込んでいる。この状態を、個人の心がけの問題としてではなく、関係や場の課題として捉えて少しでも変えていきたい。そのための旗印でありツールとして、私たちはWe-Beingを提唱します。

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