研究レポート

2026.9.3

職場に​「私たち」と​いう​感覚を​どう​立ち上げるか?​──記憶・余白・推し活から​考える、​組織と​ワークプレイスの​未来【We-Being Dialogue #1】

働き方・組織論

コミュニティ・共同体

アイデンティティ

つながり・関係性

リモートワークが普及し、場所と時間が非同期でも働きやすい時代。今後、AIを活用することで仕事を個々人でより進めやすくなることが想定されるなか、組織としての一体感や人と人のつながりはどのように生み出すことができるのでしょうか。「We-Being Dialogue」第1回では、組織開発、建築・都市、宗教・哲学の専門家とともに、「共通記憶」をキーワードに、これからの組織とワークプレイスのあり方を考えました。

職場に「私たち」という感覚をどう立ち上げるか?──記憶・余白・推し活から考える、組織とワークプレイスの未来【We-Being Dialogue #1】

第1回のテーマを考える上で本プロジェクトが手がかりとして着目したのが、「共通記憶」です。ヨコク研究所は、ウェルビーイング研究で知られる内田由紀子さん(京都大学 人と社会の未来研究院 院長・教授)との共同研究をもとに、レポート『同調から個をひらく社会へ―文化比較から紐解く日本の働く幸せ―』を2024年1月に発表しました。 同レポートでは、「働いていて幸せを感じた出来事がいつ起きたのか」を国・地域別に比較しています。その結果、日本では「1年以上前」と回答した人が約4割に上り、比較対象となった国・地域よりも高い傾向が示されました。ここからは、比較的遠い過去の出来事──懐かしい思い出──が、現在の働く幸せを形づくる可能性がうかがえます。

共有された経験や記憶、その場所に残された痕跡が、組織やチームにおけるWe-Beingを支える土台になるのではないか──。「We-Being Dialogue」第1回では、この仮説を組織・空間・共同体という3つの角度から掘り下げました。 登壇いただいたのは『問いかけの作法』『冒険する組織のつくりかた』などの著書で知られ、創造的な組織づくりを研究・実践する安斎勇樹さん(MIMIGURI共同代表)、リノベーションを「場所の歴史の読み替えと継承」として捉え、時間や記憶を宿す空間づくりを手がけてきた馬場正尊さん(OpenA代表/建築家)、「人が何かを神聖視する心理」や「私たち性(We-ness)」を研究する柳澤田実さん(哲学者/関西学院大学准教授)です。

組織開発、リノベーション、哲学から問う「共通記憶」

安斎勇樹さん(MIMIGURI共同代表)
安斎勇樹さん(MIMIGURI共同代表)

議論に先立ち、ご登壇いただいた3名から、今回のテーマを考えるための視点を提示いただきました。集団における創造性を研究してきた安斎さんは、組織開発の視点から、企業や組織においてWe-Beingがなぜ重要なのか、そして「私たちらしさ」を育むために何が必要なのかを語りました。 安斎さんによれば、これから求められるのは、社員一人ひとりが働く意味を探究できる「冒険する組織」だといいます。 「従来の組織論やマネジメントには、あらかじめ定められた目標に向かって人を配置し、効率的に動かしていく、戦争や軍隊をモデルとした世界観が色濃く入り込んでいました。これから大切になるのは、一人ひとりが価値観や好奇心を起点に探究し、組織が目指す方向と共鳴していく、冒険的な世界観です。その共鳴を調律することが、これからのマネジメントではないでしょうか」

安斎勇樹さんのスライド(世界観のパライダムシフトについて書かれている)

企業が成長し、事業や働く人の価値観が多様になるほど、「なぜ自分たちは一緒に働いているのか」は見えにくくなります。だからこそ、「私たちは何者なのか」「自分たちらしさとは何か」という組織のアイデンティティを、働く人自身がともに探究していくことが重要になる、と安斎さんは語ります。

馬場正尊さん(OpenA代表/建築家)
馬場正尊さん(OpenA代表/建築家)

続いて馬場さんは、建築や都市の視点から、共通の記憶を空間にどう残し、新たな共通体験や記憶が生まれる場所をどのようにデザインできるのかを語ってくれました。馬場さんが長く取り組んできたリノベーションは、建物に蓄積された時間や人々の営みの痕跡を読み取り、次の使い手へと受け渡していく営みでもあるといいます。 「建物には、使われてきた時間や人々の経験の痕跡が残っています。それらをすべて消して新しくするのではなく、過去から受け継いだものを読み替えながら、次の使い手へ渡していくことも、リノベーションの大きな役割だと思っています」

日本橋馬喰町にあるOpenAのオフィスの内観。
日本橋馬喰町にあるOpenAのオフィスの内観
日本橋馬喰町にあるOpenAのオフィスの内観
日本橋馬喰町にあるOpenAのオフィスの内観

過去の痕跡を固定された記録として保存することではなく、次の使い手がそれを読み替え、新たな使い方や意味を重ねられる余地を残すこと。その視点は、組織における共通記憶を考えるうえでも重要な手がかりになるはずです。

柳澤田実さん(哲学者/関西学院大学准教授)
柳澤田実さん(哲学者/関西学院大学准教授)

最後に、柳澤田実さんは、宗教哲学の視点から、現代社会においてWe-Beingがなぜ重要なのかを考えるとともに、「私たち」という感覚をつくること自体がはらむ危うさを指摘しました。 柳澤さんによれば、宗教は長い歴史のなかで、儀礼や物語を通じて共同体を維持してきた、組織運営の一形態として捉えられるといいます。その共同性を支えるものとして柳澤さんが着目したのが、損得の計算を超えて何かに没頭し、献身する「コミットメント」です。 「人と組織との強い結びつきは、制度や仕掛けだけで計画的に生み出せるものではありません。自己利益や損得の計算を超えて、感情によって駆動されることが、組織に対するコミットメントにつながります。これは、何かを神聖視し、経済的価値には還元できないものとして捉える『聖なる価値』と私が呼ぶものでもあります」

柳澤田実さんのスライド(コミットメントとは何かについて書かれている)
柳澤田実さんの自己紹介スライド。人間は価値をすべて経済的価値(お金)に還元できないという考えと、Ph.Tetlockによる「聖なる価値(sacred values)」の定義を紹介するスライド

一方で、柳澤さんは、感情をもとにしたコミットメントには、バーンアウトやカルト化につながる危うさもあると指摘します。そうした危険を踏まえながらも、コミットメントの力を過度に恐れず、組織のなかにどのように取り入れていくかを考えることが重要だと語りました。

「象徴的資源」が、会社の一体感を形づくる?

イベントの後半では、田中康寛(ワークスタイル研究所所長、We-Beingプロジェクト発起人)と岡田弘太郎(デサイロ代表)が聞き手となり、We-Beingと、これからの組織や働く場のあり方について、5人で議論を深めました。

──安斎さんと馬場さんは、会社の経営者でありながら、クライアントの組織づくりや場づくりも支援されてきたと思います。個を尊重しながら組織としての一体感を育むために、どんな工夫をしていますか?

安斎:MIMIGURIはフルリモートの組織なので、オフィスを持たずに一体感をどう育てるかをつねに考え続けています。ある研究では、オフィスのもつ資源が次の3つに整理されています。椅子やWi-Fiのような「物理的資源」、相談相手のような「社会的資源」、その会社で働く意味や「私たちらしさ」を感じさせる「象徴的資源」です。フルリモートになると、毎朝会社のロゴを見たり、特徴的なラウンジを通ったりしないので、このなかでも象徴的資源が失われやすいんです。 そこで、仕事には直接必要のない「非合理な儀礼」を意図的につくり出すことを重視しています。例えば、MIMIGURIでは「この2人が話したら面白い」という組み合わせで社内配信の対話番組をつくって、メンバーがいつでも聞けるようにしています。直接この取り組みが収益につながるという訳ではないのですが、普段の業務だけでは見えにくい、その人の関心や考え方に触れる機会をつくることで、社員同士の親近感も育まれています。 馬場:面白いですね。OpenAでは空間設計において、「余白」をつくることが働きやすさや一体感につながると考えています。日本橋馬喰町にある私たちのオフィスは、元倉庫をリノベーションした「屋根のある公園」のような場所です。そこでは、用途を一義的に決めるのではなく、「今日はどこで働くか・誰と話すか」を選べる設計にしています。 空間は目的が曖昧すぎれば何も起こらない一方、目的を強く設定しすぎれば特定の使い方しか生まれないと思うんです。だからこそ、その中間にほどよい余白を残しておく。すると、設計者の意図とは異なる使い方をする「誤読」が生まれ、その人のセンスやクリエイティビティが発揮されやすくなると考えています。 あとは、オフィスの真ん中には大きなキッチンがあります。コーヒーを入れている瞬間は少し油断していて、話しかけやすい。そうした偶発的な交流を生む仕掛けを、僕は「コミュニケーションのトラップ」と呼んでるんです。 柳澤:いまのキッチンの話は、一体感を考えるうえでとても重要なポイントだと思いました。宗教的な共同体では、昔から「共食」が重視されてきました。食卓には、階級や社会的な立場、生育環境や習慣など、さまざまな違いが持ち込まれます。それでも同じものを食べることで、様々な境界から一時的に自由になり、対等な関係を結べるとされてきたんです。

AI時代のスモールチームをつなぐ、「あいだ」のコミュニケーション

安斎:いまのお二人の話を聞いて、これまで業務のなかで自然に生まれていた人と人との接点を、これからは意識的に設計する必要があると感じました。AIの普及によって、これまで10人で行っていた仕事を3人で進められるようになれば、人と人が協働する機会そのものが減っていくかもしれません。だからこそ、スモールチームにおけるコラボレーションを見つめ直すと同時に、共食や偶発的な会話のような、仕事の外側にある接点も大切になってくるはずです。 田中:そう考えると、活動と活動の「あいだ」に会話が生まれる余地を、オフィスのなかにどう設けるかも大切だと感じます。いまコクヨで進めているWe-Beingプロジェクトでも、そうした「あいだのデザイン」に取り組んでいます。 例えば、会議そのものだけでなく、会議が終わった後に「本当はこう言いたかった」「あの点は少し違うと思った」と話す時間に、本質的な対話が生まれることがあります。だからこそ、会議後にそのまま居残れる場所や、帰り道に話せるような動線などを検討しています。

柳澤田実さんがマイクで発言し、隣で安斎勇樹さんが話に耳を傾けている様子

社員一人ひとりの物語と、企業の大きな物語をつなぎ直す

──We-Beingプロジェクトでは、組織における一体感や私たち性を考える切り口として、「共通記憶」に着目しています。組織における過去の出来事や記憶は、組織や空間づくりにおいてどのような効果を発揮すると考えられますか?

安斎:最近出版した『静かな時間の使い方』などでも触れているのですが、個人だけでなく、組織が過去の経験に意味を与え直す「集団的なリフレクション」について、これまで考えてきました。「共通記憶」で重要なのは、全員が同じ過去を持つことよりも、「過去を一緒に意味づける回路」をもつことだと考えています。組織は「反省」はよくするんです。前年度より業績が悪かったから改善しよう、不祥事が起きたから原因を分析しよう、と。しかし、自分たちの歩みが何を意味していたのかを考える「内省」は意外と少ないんです。 例えばMIMIGURIでは、時計メーカーのシチズンと内省を通じて組織の一体感を育むプロジェクトを実施しました。シチズンは2024年にブランド100周年を迎えましたが、その100年の歴史と、一人ひとりの仕事や経験が必ずしも結びついているわけではありません。 そこで、過去のモデルから「自分がシチズンらしいと思う時計」を一人3本ずつ選び、その理由を語り合いました。選ぶ時計は人によって違い、ときには「それはシチズンらしくないのでは」という議論も起こります。対話を通じて、それぞれが過去に自分なりの意味を与え、企業の大きな物語と一人ひとりの小さな物語をつなぎ直していく。それが、組織における内省のひとつのかたちではないかと思います。 田中:面白いですね。コクヨでも、会社としての大きな物語と、個人や小さなチームが持つ物語を結び直すことで、「なぜこの組織で働いているのか」を捉え直す取り組みが増えています。そのひとつが、「コクヨの生活社史」というプロジェクトです。コクヨで過去に働いていた人や、いま働いている人の記憶を聞き取り、それを一冊にまとめていくもので、この活動を通じて「コクヨらしさ」が浸透したり、新たに発見されたりする感覚があります。 馬場:空間的なアプローチにも、ひとつの可能性があると思います。OpenAでは、山形の旧第一小学校をリノベーションしたクリエイティブ拠点「Q1」を手がけました。そこでは、地元の人たちが親しんできた「旧一小」という呼び名の音を残し、「Q」をQuestionの頭文字として「Q1」と名づけたんです。 すると卒業生が「名前を残してくれてありがとう」と訪れ、そこで過ごした記憶を話してくれる。場所に蓄積された時間が、いまそこにいる人の安心感や所属感にもつながるんです。空間が媒介することで、人や組織が柔らかくつながれる感覚もあるんですよね。 他にも、R不動産グループの拠点「目白センター」では、1階から地下のイベントスペースへ続く階段に、過去のプロジェクトなどを年表として残しているんです。誰がどこで試行錯誤し、汗をかいたのか。その痕跡が空間に残ることで、個人と組織をつなぐこともできるのではないでしょうか。

田中康寛さんが身振りを交えながらマイクで発言する様子
田中康寛(ワークスタイル研究所所長、We-Beingプロジェクト発起人)

亡くなった創業者や創業の歴史になぜリアリティを感じるのか

──「会社らしさ」や「場所らしさ」を共有し、一体感を育むさまざまな方法をお話いただいたと思います。関連する視点として、例えば創業者のストーリーなどがその役割を果たす可能性もあると感じたのですが、いかがでしょうか?

柳澤:宗教学の観点から見ると、特に東アジアでは、亡くなった人や過去の人々との関係にリアリティを強く感じる傾向があるんです。死者によって生かされている共通の共同体という意識が生じやすい。なので、過去の人々の存在や思いを感じることは、組織の歴史や理念を共有するうえでも、ひとつの有効なアプローチかもしれません。 馬場:その話を聞いて、少し救われた気持ちになりました。先ほどの調査で、日本では現在よりも過去の出来事を幸せな記憶として挙げる人が多いという結果がありましたよね。それを現在への不満の表れとも捉えていたのですが、過去や歴史を尊重する感覚が背景にあるのだとすれば、組織の歩みを大切にする方向へと生かせる可能性もあるということですよね。 柳澤:そうだと思います。私たち日本人が亡くなった先人たちや過去の人々との関係を土台にどのような文化を築いてきたのかは、さらに探究する価値があると思います。そこを丁寧に捉えなおすことで、日本の企業や組織に合った共同性のつくり方が見えてくるかもしれません。 ただ、そうしたナラティブを前面に出した共同体のつくり方には、注意も必要だと思っています。人が何かを信じ、没頭し、強い帰属感を持つことに大きな力があるのは間違いないですが、それが同調圧力や外部の排除につながる側面もあるんです。 田中:たしかに、共同体が生まれると、外部との境界もできて、それが衝突につながるというのは往々にしてありますよね。 柳澤:はい、と同時に「共同体は悪だ」ということでもないと思うんです。例えば、アメリカ副大統領のJ・D・ヴァンスにも影響を与えたとされる政治学者のパトリック・デニーンは、リベラリズムが家族や宗教、地域社会といった中間的な共同体を弱めた結果、孤立した個人が、むしろ国家のような大きな存在に依存するようになったと批判します。共同体を否定しすぎてしまうと、もっと大きな力に従属せざるを得なくなるという逆説です。大切なのは、共同体が持つポジティブな可能性と暴力性を、同時に見ていくことだと思います。

会場に並べられた参考書籍

社内「推し活」が、職場の新しい関係性を育むきっかけに

田中:We-Beingプロジェクトで実施した国際調査では、仲間の成功を自分のことのように喜ぶ「わかちあう幸せ」が、日本では他国に比べて低い傾向にありました。「一体感」や「私たちという感覚」を生み出す上では、幸せを分かち合うことは非常に重要だと思うのですが、みなさんはこの結果をどう見ますか? 柳澤:他の人の幸福を喜べなければ、共同体は成り立ちませんよね。この問題は実は古代ギリシャからずっと議論されてきた難問で、アリストテレスがその解決のために提示した「共通善」という概念が、今改めて注目されています。相手が好きだから成功を喜ぶのではなく、その人の能力が発揮されることや、努力が報われること自体を「よいこと」として喜ぶことをアリストテレスは勧めています。「善」とは「私」と「あなた」など帰属する対象を超えて、私たちがともに「これはよい」と思える独立の価値だということなのですが、なかなか難しいことかもしれません。 安斎:「そもそもお互いのことを知らない」という問題もあると思います。誰かを応援するには、その人についての情報が必要ですよね。どんな過去があり、どんな仕事をしてきたのかを知っているからこそ、うまくいったときに「よかったな」と思える。 アイドルのオーディション番組も、結果だけでなくプロセスを見せることで、応援するための動機をつくっていますよね。先ほどお話しした社内番組などを通じて、MIMIGURIでも、プライバシーに踏み込みすぎない範囲で、履歴書には載らない一人ひとりの背景や関心が組織内に流通するようにしています。そうすると、「あの人のプロジェクト、うまくいってよかったな」と思える、小さな「推し」が生まれやすくなるんです。

「覗き見る」ような距離感が、親近感の入口になる

田中:そう考えると、日本の職場では、「プライベートに踏み込みすぎないようにする」という遠慮が、強くなりすぎている面もあるかもしれません。以前、職場における食の実態を調査した際、一人で短時間に食事を済ませる人が非常に多く見られました。こうした行動も相手への配慮から生まれているのだと思いますが、結果として、互いを知る機会が失われてしまいますよね。 安斎:そのときに、先ほど少しお話しした社内ラジオのような取り組みが有効かもしれません。内向的な人に「月に1回、2人組でランチに行きましょう」と言っても、たぶんやらない。でも、Zoom越しに誰かの対話を眺めることならできるはずです。誰かを直接好きになるよう促すのではなく、「あの人は何を面白いと思っているのか」を知ることのできる状態をつくる。自分が見ていることを相手に認知されない、「覗き見る」ような距離感だからこそ、親近感が育つこともあるのではないでしょうか。 柳澤:それは「パラソーシャル」と呼ばれる現象に近いですね。メディアを通じて見ている相手に、実際の知人のような親近感を抱く心理です。通常はやや否定的に語られる概念ですが、それを組織のなかで積極的に活用し、動画や音声を介して「推し」をつくり、関係性を良くしているのは興味深いです。 田中:柳澤さんは、『イン・ザ・メガチャーチ』などで知られる小説家の朝井リョウさんとの対談で、推し活には自分の存在意義を高める側面がある一方、消費に絡め取られる危うさもあると指摘されていましたよね。そう考えると、職場のなかで誰かを「推す」ことが、消費ではなく、その人らしさや個性を受け入れ、応援する行為として生まれるなら、とても面白いと思います。 それに、ここまで話してきた「余白」や「応援」も、すべてつながっているように感じます。誰かが本気で取り組んだ痕跡が場に残り、それを見た人が応援したり、貢献したりする。そこに「推し」のような感情も加わることで、人と人のあいだに、よい形で一体感や働く幸せが育まれていくのではないでしょうか。

【まとめ】議論から見えた、We-Beingを育むためのインサイト

今回の「We-Being Dialogue」では、職場の体験設計に活かせそうな以下の視点が明らかになりました。 1.個人の記憶から組織の物語を捉え直すことで、「私たちらしさ」が育つ 組織の歴史を一方的に伝えるのではなく、一人ひとりが自身の経験や解釈を持ち寄ることが、「私たち」感覚の醸成につながります。時計メーカーのシチズンでは、過去の製品のなかから「自分がシチズンらしいと思う3本」を選び、その理由を語り合いました。コクヨでも、かつて働いていた人や現在の社員の記憶を聞き取る「生活社史」を通じて、個人の経験を起点に「コクヨらしさ」を捉え直しています。 2.業務の「外側」にある接点が、人と人との関係を育てる AIとのやり取りを通じて個人で仕事を進める場面が増えるほど、人と人が自然に話せる接点を意識的につくることが重要になります。オフィスのキッチンや、会議後にちょっとした雑談ができるスペースは、業務上のやり取りだけでは生まれにくい関係性を育むきっかけになります。 3.社内「推し活」が、他者の成功を喜べる職場への第一歩に 社内番組やラジオを通じて、その人の過去や関心、試行錯誤のプロセスを知ることで、小さな「推し」が生まれます。直接的な交流を求めすぎず、動画や音声を介して人柄に触れられる距離感も、同僚への親近感や応援する気持ちを育むかもしれません。 4.「誰かが汗をかいた痕跡」を空間に残す 建物やオフィスに過去の痕跡を残すことも、個人の記憶と組織の歩みをつなぐアプローチのひとつ。旧小学校を再生した山形の「Q1」では、地域で親しまれてきた呼び名を施設名に受け継いでおり、R不動産グループの「目白センター」では、過去のプロジェクトを年表として空間に残しています。完成した成果だけでなく、模型や制作過程の痕跡を残すことも、後から加わる人が組織とのつながりを感じるきっかけになります。 5.使い方を決めすぎない「余白」が、個の自律性を引き出す OpenAのオフィスは、働く場所や過ごし方を一つに定めない「屋根のある公園」として設計されています。空間に一定の目的を与えながらも、使う人による「誤読」の余地が残されています。家具や場所の使い方を固定しないことで、一人ひとりの創造性が引き出され、個の自律性と組織の一体感が両立するかもしれません。 6.小さな「象徴的資源」の積み重ねが、会社らしさをつくる 会社らしさは、理念やブランドメッセージだけから生まれるものではありません。仕事には直接必要のない習慣や儀礼、社内で繰り返し共有されるコンテンツなども、その会社で働く意味や「私たちらしさ」を感じさせる「象徴的資源」になります。MIMIGURIでは、あえて「非合理な儀礼」として社内向けの対話番組を継続的につくっています。 こうした、その組織ならではの習慣や営みを蓄積していくことが、「この会社らしさ」を育むことにつながります。

出演者

安斎 勇樹(あんざい・ゆうき)

株式会社MIMIGURI 代表取締役Co-CEO

安斎 勇樹(あんざい・ゆうき)

株式会社MIMIGURI代表取締役Co-CEO。東京大学大学院 情報学環 客員研究員。1985年生まれ。東京都出身。東京大学工学部卒業、東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。人の創造性を活かした新しい組織・キャリア論について探究している。主な著書に『静かな時間の使い方』『冒険する組織のつくりかた』『問いのデザイン』『新 問いかけの作法』『ルールのデザイン』などがある。Voicy『安斎勇樹の冒険のヒント』放送中。

柳澤 田実(やなぎさわ・たみ)

関西学院大学神学部准教授

柳澤 田実(やなぎさわ・たみ)

1973年ニューヨーク生まれ。東京大学総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。専門は哲学・宗教学。宗教などの文化的背景とマインドセットとの関係を日米のキリスト教保守派を中心に研究している。訳書にT・M・ラーマン著『リアル・メイキング:いかにして『神』は現実となるのか』(2024年、慶応義塾大学出版会)。著書に『ポップカルチャーと聖性(仮)』(近刊、Blueprint)など。文春オンラインで「週末とイノベーション」を連載中。

馬場 正尊(ばば・まさたか)

建築家/Open A(オープン・エー)代表取締役

馬場 正尊(ばば・まさたか)

1968年佐賀県生まれ。早稲田大学大学院博士課程建築学専攻単位取得満期退学。修士。博報堂、雑誌『A』編集長を経て、2003年に(株)OpenAを設立。同時期に「東京R不動産」を始める。建築設計・リノベーション(建築の再生)を専門とする。主な作品に、「観月橋団地再生」(2012年)、「Under Construction」(2017年)、「旧那古野小学校施設活用事業」(2019年)など。2015年より公共空間のマッチング事業『公共R不動産』立ち上げ。2017年より沼津市都市公園内の宿泊施設『INN THE PARK』を運営。近著に、『テンポラリーアーキテクチャー:仮設建築と社会実験』(学芸出版、2020、共著)、『都市のような図書館をつくる Library as the City』(学芸出版、2026、共著)など。

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