研究レポート

2026.10.20

職場の​孤独・孤立を、​どう​ほぐ​す?​──​「聴く」ことから​はじめる、​“助け合える​”組織づくり【We-Being Dialogue #2】

働き方・組織論

コミュニティ・共同体

つながり・関係性

同じ職場にいても、気軽に相談できる相手がいない──。働き方の多様化や人間関係の「個人化」を背景に、職場における孤独や孤立が課題として意識されるようになっています。必要なときに助け合い、互いの喜びを分かち合える「仲間」との関係を、組織はどのように支えることができるのでしょうか。「We-Being Dialogue」第2回では、孤立・孤独の社会学、組織づくり、仏教や東洋思想の専門家・実践者とともに、これからの組織とワークプレイスにおける「仲間」のあり方を考えました。

職場の孤独・孤立を、どうほぐす?──「聴く」ことからはじめる、“助け合える”組織づくり【We-Being Dialogue #2】

「We-Being Project」では、ウェルビーイングを個人の内面だけでなく、人と人、人と場との関係、すなわち「あいだ」に見出す新たな幸福のあり方「We-Being(ウィービーイング)」を提唱し、その社会実装に向けた活動を進めています。 その一環として開催しているのが「We-Being Dialogue」です。第2回のテーマは、「働く上での『仲間』との関係性」。背景にあるのは、日本の職場における孤独・孤立への問題意識です。 コクヨと京都大学が2025年に9カ国のワーカーを対象に実施した調査では、「気軽に相談できる同僚の数」は日本が平均2.0人と9カ国で最も少ない結果でした。気軽に相談できる同僚が「一人もいない」と答えた人も、他の国では1割未満なのに対し、日本では約20%にのぼりました。さらに、プライベートでも付き合いのある親密な同僚が一人もいない人は、過半数の55.1%を占めています。

コクヨと京都大学による9カ国調査のグラフ。「社内で気軽に相談できる人の数」は日本が2.0人で最も少なく、「相談相手はいるか?」の国別比較も示されている

日本は協調性の高い文化と言われますが、職場では、周囲に配慮するあまり互いに深入りせず、結果として関係が表層的になっている可能性があります。そうした傾向とも重なるように、仲間の成長や達成を自分のことのように感じる「わかちあう幸せ」も、日本では低い傾向がみられます。

リモートワークやAIの普及によって、人と人が自然に関わる機会が減っていけば、このような課題はさらに深刻になっていくかもしれません。では、職場で助け合える関係や、仲間とのつながりをどのように育んでいけるのでしょうか。また、組織の制度はそうした関係性をどのように支えることができるのでしょうか。 この問いを考えるため、人と人とのつながりや共同体のあり方を異なる領域から研究・実践してきた3名をゲストに迎え、議論しました。 登壇いただいたのは、次の3名です。孤独・孤立や友人関係など、現代社会における人と人とのつながりを研究してきた石田光規さん(早稲田大学文学学術院教授)。「聴く」ことを軸に人と組織のよりよい関係づくりや組織変革を支援してきた篠田真貴子さん(エール株式会社取締役)。そして、仏教や東洋思想を手がかりに、ウェルビーイングや働き方、共同体のあり方を探究してきた松本紹圭さん(僧侶/武蔵野大学ウェルビーイング学部教授)です。

人と人との関係性を、社会・組織の「構造」から考える

篠田真貴子さん(エール株式会社取締役)
篠田真貴子さん(エール株式会社取締役)

議論に先立ち、ご登壇いただいた3名から、今回のテーマを考えるための視点を提示いただきました。 はじめに篠田さんは、職場で助け合いが生まれにくくなっている背景を、社会や組織の構造から捉えます。その補助線として紹介したのが、社会心理学者・山岸俊男による「安心社会」の議論です。かつての日本社会や企業では、長期的な所属関係や共通の規範が、人と人との関係を安定させる基盤になっていました。しかし現在は、そうした基盤が薄れつつあるにもかかわらず、それに代わる新たな関係のあり方が十分につくられていないと篠田さんは指摘します。

篠田真貴子さんのスライド(助け合いが起きないのは、優しさの不足ではなく「人として扱われていない」構造によることについて書かれている)

「集団に所属することで安心が得られるという社会の基盤が薄れていくなかで、日本では過度な自己責任論や、人を抽象化し、数字だけで捉えるような数値管理が広がってきました。そうした状況が重なることで、組織のなかで人を一人の人間として見ることが難しくなっているのではないかと思うんです」 助け合いが起きない背景には、個人の優しさやコミュニケーション能力だけではなく、社会や組織の構造がある。篠田さんは、そうした構造そのものに目を向ける必要があると指摘します。

石田光規さん(早稲田大学文学学術院教授)
石田光規さん(早稲田大学文学学術院教授)

続いて石田さんは、現代社会における「個人化」に着目します。『「人それぞれ」がさみしい』『「友だち」から自由になる』などの著書でも、他者を尊重して互いに距離を取ることが、かえって本音を交わしたり、深い関係を築いたりすることを難しくする側面を指摘してきました。あわせて、人間関係そのものが個人の選択に委ねられていく社会のあり方も論じています。

石田光規さんのスライド(「つながりにお膳立てを求められる時代」とその具体的な工夫について書かれている)

こうした現代社会の状況を、石田さんは「つながりにお膳立てを求められる時代」と表現します。 「昔だったら、同じ会社や同じ部署にいるだけで、それなりに人間関係ができていました。でも、今はそうではない。かといって、職場での付き合いや懇親会への参加を個人に求めることも難しくなっている。人と人が無理なく関われるきっかけを、どうつくっていくのか。これは、いま組織や社会全体で考えていかなければいけない重要なテーマだと思っています」 個人化が進む時代に、人と人との程よい距離感をどのように育むのか。また、そうした関係を組織としてどのようにお膳立てできるのか。石田さんは、いま改めてそのあり方を考える必要があると指摘します。プレゼンでは、そのお膳立ての具体例も紹介されました。きっかけづくりとしての研修の活用や、カードゲームによる話題提供、一人では食べきれないメニューの設定といった工夫です。

松本紹圭さん(光明寺僧侶)
松本紹圭さん(光明寺僧侶)

最後に松本さんは、人と人との関係や共同体のあり方を捉え直す転換点に、いま私たちはいるのではないかと指摘します。 その背景として松本さんが着目したのが、コクヨが未来の社会像として掲げる「自律協働社会」です。一人ひとりが自律しながらも、他者と協働していく社会をどのようにつくるのか。その問いを考える手がかりとして紹介したのが、オムロン創業者・立石一真が提唱した「SINIC理論」でした。 SINIC理論では、社会が「最適化社会」から「自律社会」へ移行していくと捉えます。効率化や合理化を追求してきた「最適化社会」がAIによってさらに極まるなかで、その先では、人間自身が何を選び、どう生きるのかが問われる「自律社会」へと移っていくという考え方です。

松本紹圭さんのスライド(オムロン創業者・立石一真が提唱したSINIC理論の図)

松本さんは、篠田さんによる数値管理の話を踏まえつつ、最適化社会が推し進めてきたものをこう語ります。 「たとえば国の豊かさは、本来そう簡単には測れないはずです。でも手がかりがないので、ひとまずGDPで測れるということにしておこう、と始まる。それが市民権を得ると、いつのまにかGDPこそが豊かさ『である』に変わっていくんです。企業の価値も『時価総額で測れることにしておこう』が、それこそが会社の価値『である』に変質していく。最適化社会は、そういう時代だったと捉えています」 その最適化が、いまAIによって完成に近づいている。だからこそ問いが変わるのだと、松本さんは続けます。 「これまで人間が担ってきた最適化をAIが担うようになった先で、今度は『では、あなたたちはどう生きるのか』という問いが突きつけられる。僕は、それが自律社会なんじゃないかと思っています。そんな時代に重要なのは、人と人との関係性や、他者とともに生きることの意味を改めて捉え直すことだと思うんです」 3名の話から見えてきたのは、これまで人と人との関係を支えてきた社会や組織の前提そのものが変化しているということでした。では、そうした社会のなかで、会社やチームはどのような関係を支えていけばよいのでしょうか。

「聴く」ことから、組織の根底にあるメンタルモデルを変えていく

登壇者と聞き手の5人が並んで議論する会場の様子

ダイアローグの後半では、田中康寛(コクヨ ワークスタイル研究所所長、We-Being Project発起人)と岡田弘太郎(デサイロ代表)が聞き手となり、働く上での仲間との関係性や、We-Beingな組織・働く場のあり方について、5人で議論を深めました。 ──みなさんのプレゼンを通じて、いまなぜ人と人との関係性を考えることが重要なのか、その背景が少しずつ明らかになってきました。ここからは、そうした時代における組織やチームのあり方について議論していきたいと思います。篠田さんは、これまでさまざまな現場で、組織における関係づくりを支援されてきました。そうしたご経験を踏まえて、いま組織がWe-Beingを実現していくためには、何が求められているとお考えでしょうか? 篠田:私は、「聴く/聴かれる」という経験を組織のなかに増やしていくことが重要だと思っています。ここで大切なのは、「聞く」と「聴く」を分けて考えることです。「聞く」ときには、自分自身の関心や価値判断を通して相手の話を受け取って、「それは正しい」「私はそう思わない」と判断しています。一方で、「聴く」というのは、自分の判断をいったん脇に置いて、「この人はいま何に関心を持っているんだろう」と、相手の関心事そのものに関心を向けることです。

篠田真貴子さんのスライド(「聞く」と「聴く」の違いについて書かれている)

冒頭にも少しお話ししたように、いまの組織ではKPIや役割を通して人を見ることが増えて、その人自身が何を感じていて、何を大切にしているのかが見えにくくなっています。だからこそ、誰かにじっくり「聴いてもらう」経験が必要だと思うんです。 人は誰かに話を聴いてもらうなかで、自分が何を感じ、何を大切にしているのかに気づき、自分自身への理解を深めていきます。さらに、そうした経験は、自分自身への信頼を高め、難しいことに向き合ったり、新しいことに挑戦したりする力にもつながるという結果も出ています。「聴く/聴かれる」経験を組織のなかに積み重ねていくことが、互いへの理解や関心を深め、人と人との関係性を変えるきっかけになるのではないでしょうか。 田中:たしかに、いまの組織には会議や1on1など、人の話を「聞く」ための機会自体はたくさんありますよね。でも、そうした場で本当に相手の話を聴けているのかというと、難しい気もしています。 僕自身、会議で人の話を聞きながら、「次に自分が何を言おうか」「どうアピールしようか」と考えてしまうことがあります。1on1も、制度としては設けられていても、忙しいなかで「やるべきタスク」の一つになってしまうこともある。そうした「聞いているようで、実は聞いていない」状態から転換することが重要なのだと気づかされました。 篠田:そうですね。会議や1on1では、どうしても判断や評価が入りやすいんですよね。特に上司と部下であれば、評価する/されるという関係が前提にある。その状況で、相手の関心事そのものに興味を持って「聴く」ことって、なかなか難しいんですよね。

篠田真貴子さんのスライド(聴く・聴いてもらうことが「人を人として扱う」組織のメンタルモデルを育むことについて書かれている)

だから、1on1の時間を設けるといった表面的な仕組みだけではなく、組織で共有されているメンタルモデルそのものを変えていく必要があると思います。「上司は部下を指導するもの」「ビジネスパーソンとしての成長とは、与えられた目標を達成し続けること」といった、人や仕事に対する暗黙の前提を見直さなければ、制度として1on1を導入しても、相手を評価する/されるという関係から抜け出すことは難しい。こうした暗黙の前提を、組織のなかで少しずつ問い直していくことが重要なんだと思います。 田中:そう考えると、「聴く」ことを上司と部下の関係だけで考えなくてもいいのかもしれませんね。違う部署や世代の人など、いわゆる「斜めの関係」のなかで、相手の話を聴ける機会を増やしていくことも考えられそうです。 そのとき、単に同じ場所に集まるというより、仕事とは別の共通項や、一緒にできる行為があることが大事なのかもしれません。たとえば、庭仕事をしながら植物を手入れしたり、お祭りで同じ踊りを踊ったりする。何か同じことをしながらだと、正面から向き合って話すよりも、評価や判断から少し離れて会話しやすくなる気がします。オフィスでも、そうした「聴く」ことが自然に生まれる場を考えていくことが重要だと感じました。 松本:一緒に作業することは、とても大事ですよね。僕も「テンプルモーニング」という、朝、お寺に集まった参加者と一緒に掃除をする活動をしているんです。これも、人との関係を育むひとつの仕組みだと思っています。 「掃除をする」という目的があるからこそ気軽に集まれるし、同じ作業をするうちに自然と一体感も生まれる。それに、葉っぱを一枚拾うだけでも、「自分もこの場所に少し貢献できた」と感じられるんですよね。 こうした活動では、交流そのものを目的にするのではなく、何かを一緒にするなかで自然と人とのつながりが生まれていきます。組織においても、そうした機会が人と人との豊かな関係を育み、「自分もここにいていい」と思える居場所づくりにつながるのかもしれません。

協調を求められながら、個人で評価される日本の組織

田中康寛(ワークスタイル研究所所長、We-Beingプロジェクト発起人)
田中康寛(ワークスタイル研究所所長、We-Beingプロジェクト発起人)

田中:いまの話ともつながりますが、コクヨでは、「評価」のあり方が、組織やチームのWe-Beingを考えるうえで重要なのではないかという仮説を持っています。 たとえば、コクヨと京都大学で実施した国際調査では、日本とドイツは、どちらも周囲との融和を重視する傾向がみられました。ただ、ドイツではチーム全体の成果が人事評価や昇給に反映されやすいのに対し、日本では個人の成果に基づいて評価されるんです。つまり、日本では周囲との協調を求められながらも、個人としての成果を問われるという矛盾が生じている。僕らは、こうした「評価」と「協調」のダブルバインドが、働く人の幸福度にも影響しているのではないかと考えています。 石田:非常に重要な指摘だと思います。冒頭で篠田さんからも自己責任論について話がありましたが、個人単位で責任や成果を捉える考え方をどう見直していくかは、大きなテーマだと思います。日本では個人主義的な考え方が広がって、「人には立ち入らない」「人それぞれでいい」という感覚が強くなっています。でも、「人に迷惑をかけてはいけない」という集団的な規範はかなり残っている。この2つが組み合わさると、「自分のことは自分で責任を取ってください」という個人責任の論理が強くなってしまうんですよね。 田中:成功したときの受け止め方も、文化によって違う気がします。アジアでは、何かに成功したときに「いろいろな人に支えられた」と語る人が多い、という研究もあるんです。職場でも、自分の成果の裏には、先輩のサポートや、評価には表れない小さな助けがたくさんあると感じている人は多いと思います。 でも、評価面談などの場面になると「自分が何をしたのか」を説明しなければいけないために、そうした無償のサポートは見えにくくなってしまう。逆に、そのサポート自体を評価項目にしてしまうと、今度は「評価されるから助ける」ということにもなりかねない。 松本:「分からなさ」を招き入れることが、きっと重要なんだと思います。仏教には「縁」という言葉がありますが、すべての結果には原因がある、というのが因縁の考え方です。ただ、同じように種をまいて水をやっても、芽が出るものもあれば出ないものもある。私に見える範囲でたどれる因果はあっても、その背後には数え上げきれない無数のつながりがあります。そう捉える訓練を重ねていくと、「誰が営業の最後のディールを決めてきたかだけが成果ではない」と考えられると思うんです。

時間を越えて「仲間」の範囲を広げる

──ここまで、個人化が進む時代における組織の評価制度やメンタルモデルについて話してきました。今回のテーマでもある「仲間」という言葉そのものに立ち返ると、これからの職場において、同僚や上司、部下といった「仲間」との関係性を、組織としてどのように育んでいけばよいと考えますか? 松本:重要なのは「仲間」の範囲を広げることだと思っています。私たちは身近な人たちを「仲間」として生きていますが、その範囲が狭く固定されると、関係性に悩みすぎたり、集団の内と外の境界が強くなったりすることがあります。だからこそ、会社のなかでも、直接仕事をする相手だけでなく、部署や世代を越えたつながりを持つことが大切だと思います。 それに、「仲間」はいま生きている人だけに限りません。会社であれば、創業者や組織を築いてきた人たちを含め、時間を越えたつながりのなかで「仲間」を捉えることができるのではないでしょうか。 田中:たしかに、「仲間」というまとまりを強く意識しすぎると、その外側にいる人との間に境界が生まれ、対立につながる可能性もありますよね。そう考えると、松本さんがおっしゃるように、ひとつの共同体に強く依存するのではなく、複数のつながりを持ち、依存先を増やしていくくらいに捉える方がいいのかもしれません。 篠田:そうしたつながりは、組織のなかに共通言語や一体感を生み出すことにもつながりそうですね。たとえばオムロンでは、一部の社員が創業者の立石一真さんにゆかりのある場所を訪れ、会社の歴史や創業時の物語に触れる機会があるそうです。資料を通じて創業の物語を「知る」のと、実際にその場所を訪れて「ここでこういうことがあったんだ」と体験するのとでは、受け取り方も違いますよね。こうした共通体験が、社員同士で共有できる物語や感覚を育んでいく。それも、人と人との関係を深めるうえで大切なのだと思います。 田中:前回の「We-Being Dialogue」では、「共通記憶」をテーマに、職場で共有される思い出や経験が、人と人、人と組織とのつながりを支えるという話をしました。今回の話を聞いていると、その「共通記憶」は組織の創業者のような過去の人々の想いや歴史にも広げて考えられそうですね。

聞き手の2人と篠田真貴子さんが並んで座り、篠田さんがマイクで発言する様子

関係づくりを「強制か放任か」で考えない

──組織として、社員同士のコミュニケーションを育むことを考えたときに、どこまで設計するのかというのは難しい問題だと思います。冒頭の石田さんの話にもあったように、人と人が無理なく関われるきっかけを、どうつくっていくのかというのは難しいテーマですよね。 石田:僕はある程度の強制は必要かなと思うんです。いまは「誰かに何かを強制してはいけない」という考え方がかなり強くなっていますよね。ただ、強制しないことが、そのまま放任につながることもあります。もちろん、自由に選べる社会には素晴らしい面があります。でも、何でも自由に決められるようになると、失敗したときの責任まで全部自分で引き受けることになります。だから、「関係性づくりを強制すること」を悪と決めてしまうのではなくて、組織がある程度の枠組みを用意することについても、改めて考える必要があるのではないでしょうか。 篠田:同感です。以前関わったある大手金融機関では、部下を持つ約2,500人の管理職全員が、同じ内容の研修を受けていました。開催回は分かれていても、同じ講師が同じ内容を伝えることで、「いま、この会社ではこれが大事なんだ」という共通言語を意図的につくっていたんです。 最近は「自律」が重視されるあまり、「会社から一律に強制するのはよくない」と、すべてを選択制にしてしまうこともあります。でも、それだけでは共通言語は生まれにくい。一人ひとりがバラバラになりやすい時代だからこそ、組織として何を共有するのか、その機会をどうつくるのかを考える必要があると思います。 田中:たしかに、これまで会社が開催してきた忘年会や全社集会のようなイベントがあるからこそ、ある程度自然に関係性が育まれてきたという側面もありますよね。必ずしも全員が積極的に参加したかったわけではなくても、同じ時間を過ごすことで、結果として共通の経験や記憶が残っていく。そうしたことが結果として、個人の働きやすさや関係性づくりに貢献してきたことも見過ごしてはいけないなと感じました。どうすれば共通体験をつくれるかが、非常に重要になっていると思います。 松本:その際に重要なのが「習慣」だと考えています。習慣とは、仏教に限らず宗教の本質なんです。「信仰心はとてもあるけれど、参拝はしません」という人は、あまりいませんよね。仏教には「カルマ」という言葉がありますが、私は最近、カルマとは習慣であり、癖である、とお話ししています。 宗教が習慣なら、会社も習慣です。会社組織は、いわば集合的なカルマの乗り物で、それが「カルチャー」と呼ばれたりもする。いまここにいる一人ひとりが、その集合的カルマに餌を与え続けているんです。だから組織は、魔法のようにガラッとは変わりません。でも、時間をかけて身についたものだからこそ、時間をかければ変われるというグッドニュースもある。集団で腰を据えてやっていこうと腹を決めた瞬間、意外と早く変わっていくこともあります。 これまでの会社では、運動会や、社員みんなで行う冠婚葬祭のなかで習慣がつくられてきたのだと思います。それが切り離されたいま、次の時代の自分たちの会社のカルマを、意識的にどうデザインしていくかが課題になっていると思います。 石田:「習慣化」も、出発点では誰かが意図を持って旗を振らなければいけないと思います。ただ、すべてを強制すればいいわけでもありませんよね。そこで重要になるのが、人が参加するための「口実」をつくることだと思います。たとえば僕のゼミでは、卒業生向けに年に一度「授業」をしています。飲み会だったら来ない人でも、「授業なら行ってみようかな」と思うことがある。そういう無理なく参加できる形を繰り返していくことが、結果として人をつなぐことになっていくんだと思います。

篠田真貴子さん、石田光規さん、松本紹圭さんが会場で議論する様子

We-Beingは指標化すべき?

田中:最後に、人々のつながりや助け合いを、どこまで数値化するべきなのかについて考えたいです。コクヨでも、We-Beingのような幸せや人とのつながりを組織やオフィスに実装していくとき、それをどこまで指標化するべきか悩むことがあります。 数値にすることで現状を把握しやすくなる反面、「この数値が高い状態こそ望ましい」と、組織側が一つの理想的な関係性を決めてしまう危うさもあります。ただ、企業が実際に何かを導入したり投資したりするときには、それが売上や生産性にどうつながるのかを求められる場面もあります。こうした数値化と、どう付き合っていけばいいと考えていますか? 松本:冒頭でも少しお話をしましたが、「最適化社会の終わり」は、いまの社会を見るレンズとして使いがいがあると思っています。たとえばメンタルヘルスが社会問題になれば、それを計測し、指標を通じて改善をモニタリングしようとする。しかし、そのプロセスで、人が人として扱われなくなり、ケアの要素が抜け落ちて、KPIだけが追いかけられるようになるケースも存在します。 お寺や神社は本来、その時代の物差しだけでは息が詰まる人にとって、そうではない場所として求められてきたはず。ところが中に入ってみると、お寺はお寺で参拝者数などの数値を追いかけていて、どこにも逃げ場がない。測ること自体は自然な営みで、避けられないものだと思います。ただ、どこかで踏みとどまって、それだけに回収されない余白をデザインし、仕組みとして組み込むかが重要になっていくと思っています。 篠田:数字で管理することと、数字では捉えきれないものを見ることは、決してどちらか一方ではないと思うんです。私は以前、ヨーロッパ系のメーカーでFP&A(財務計画・分析)の仕事をしていて、かなり厳しく数字を見ていました。でも、本社の経理幹部が日本まで来ると、財務諸表の各項目を一行ずつ確認しながら、「なぜこの数字が上がったのか」「なぜ下がったのか」と、その背景まで細かく見ていくんです。必要があれば伝票まで確認する。彼らが捉えようとしていたのは、数字だけではわからない事業の「質感」や、まだ数字には表れていない予兆でした。数値管理は厳しくやる。でも同時に、数字だけでは掴めないものも見ようとする。その両方を見る経営だったんだと思います。 田中:まさにWe-Beingでも、その「質感」を企業の意思決定のなかにどう持ち込むのかが課題だと思っています。We-Beingのような、数字だけでは捉えきれない価値を、企業の意思決定のなかにどう持ち込めばいいとお考えですか? 篠田:すべての企業に同じロジックや指標で説明して、納得してもらう必要はないと思っています。業態によってWe-Beingと事業とのつながり方も違いますし、その会社が何を大切にしてきたかも違う。たとえば、創業者が従業員を大切にすることを強く語り、その考え方が今も受け継がれている会社では、We-Beingのような価値にも投資しやすいと思います。 だから、まずは「We-Beingは大事だから、うちはちゃんと投資する」と言える企業が一定数出てくるくらいでいいと思うんです。それに対して、「そんなことに投資して本当に儲かるのか」と疑問を投げかける会社があって、「それでも私たちはやる」と応える会社がある。そうした議論が起きて、それがひとつのムーブメントになっていく。そこから活動が広がっていくことが重要だと思っています。

【まとめ】議論から見えた、We-Beingを育むためのインサイト

今回の「We-Being Dialogue」では、職場の体験設計に活かせそうな以下の視点が見えてきました。 1.「聴く/聴かれる」経験が、組織の「わかちあう幸せ」を育む 1on1や会議の場では、相手の話を聞くと同時に、評価や判断をする場面も少なくありません。そうした「評価する/される」という関係から少し離れ、相手が何に関心を持ち、何を大切にしているのかに耳を傾ける。「聴く/聴かれる」経験を積み重ねることで、互いへの理解や関心が深まり、相手の喜びや成功を自分のことのように感じられる関係が育まれていくのではないでしょうか。 2.評価制度に表れない「小さなケア」に目を向ける 日本の職場では、周囲との協調を求められる一方で、評価は個人の成果に基づいて行われがちです。そのなかで、成果の裏にある先輩のサポートや小さな助け合いは見えにくくなります。かといって、助け合いを評価項目にすると「評価されるから助ける」ことにもなりかねません。制度の設計とあわせて、見過ごされがちなケアに目を向ける組織の価値観を育てていくことが求められます。 3.「仲間」の範囲を、部署や世代、時間を越えて広げる 職場における「仲間」は、同じチームや直属の上司・部下だけに限りません。部署や世代を越えたつながりに加え、創業者や、これまで組織をつくってきた人たちも含めて捉えることで、「仲間」の範囲はより広がっていきます。オムロンでは、創業者の立石一真にゆかりのある場所を訪れ、会社の歴史や創業時の物語に触れる機会が設けられています。自分の仕事を、より長い時間軸や大きな物語のなかに位置づけることが、組織とのつながりを感じたり、働く意味を捉え直したりするきっかけになります。 4.共通の体験が、組織の「共通言語」を育てる 同じ経験を共有することは、「いま、この会社では何を大切にしているのか」を確かめ合うきっかけになります。篠田さんが関わった大手金融機関では、約2,500人の管理職全員が、開催回を分けながら、同じ講師による同じ内容の研修を受けていました。こうした共通体験の積み重ねが、組織のなかに共通言語を生み、人と人が対話し、協働するための土台になっていきます。 5.人が集まるための「口実」が、自然なつながりを生む 何かを一緒に学ぶ、つくる、手を動かす。交流そのものとは別の目的があることで、人は無理なく同じ場に集まりやすくなります。石田さんのゼミでは卒業生向けの「授業」が、松本さんの「テンプルモーニング」では朝の掃除が、人が集まるための「口実」になっています。こうした機会を繰り返し設けることが、人と人との関係を無理なく育み、『自分もここにいていい』と思える居場所づくりにつながるのかもしれません。 6.数値だけでは捉えきれない「質感」も、意思決定に活かす 数字は、組織の状態や変化を捉えるための重要な手がかりです。同時に、現場には、まだ数字には表れていない予兆や、人と人との関係の変化もあります。篠田さんが経験した企業では、財務数値を細かく確認しながら、その背景にある事業の「質感」まで捉えようとしていました。We-Beingについても、数値とあわせて、職場で起きている小さな変化や兆しに目を向けることが、よりよい意思決定につながります。

出演者

石田 光規(いしだ・みつのり)

早稲田大学文学学術院教授

石田 光規(いしだ・みつのり)

社会学者。1973年、神奈川県生まれ。早稲田大学文学学術院教授。東京都立大学大学院社会科学研究科社会学専攻博士課程単位取得退学。博士(社会学)。主な著書に『孤立の社会学――無縁社会の処方箋』『つながりづくりの隘路――地域社会は再生するのか』『孤立不安社会――つながりの格差、承認の追求、ぼっちの恐怖』(以上、勁草書房)、『友人の社会史――1980-2010年代 私たちにとって「親友」とはどのような存在だったのか』(晃洋書房)、『「人それぞれ」がさみしい――「やさしく・冷たい」人間関係を考える』(ちくまプリマー新書)、『「友だち」から自由になる』(光文社新書)、『友だちがしんどいがなくなる本』(講談社)がある。

篠田 真貴子(しのだ・まきこ)

エール株式会社 取締役

篠田 真貴子(しのだ・まきこ)

エール株式会社 取締役。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。経済産業省 人的資本経営の実現に向けた検討会委員。2020年3月からエール株式会社取締役として、社外人材によるオンライン1on1を通じて、組織改革を進める企業を支援している。エール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年〜2018年ほぼ日取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。『LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる』『ALLIANCE アライアンス――人と企業が信頼で結ばれる新しい雇用』監訳。『デュアルキャリア・カップル――仕事と人生の3つの転換期を対話で乗り越える』日本語版序文。

松本 紹圭(まつもと・しょうけい)

僧侶/武蔵野大学ウェルビーイング学部教授

松本 紹圭(まつもと・しょうけい)

僧侶。武蔵野大学ウェルビーイング学部教授。東京大学哲学科卒業。インド商科大学院にてMBA取得。世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダーに選出され、現在 Global Future Council on Leadership メンバー。仏教の叡智と現代社会の理論を往還しながら、「よき祖先」となる道を国内外の個人、組織、行政と共に探求している。著書『お坊さんが教える こころが整う掃除の本』は20か国語に翻訳され世界的ベストセラーに。翻訳書に『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』。近著は米国・英国などで刊行された『Work Like a Monk』。

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