30 Voices

これからの幸せの手がかり

「つながれる空間や文化」

ワークプレイス・ウェルビーイング研究者

カーステン・ブラウン

オーストラリア生まれ。職場の健康とウェルビーイングを研究してきた専門家。ランドスケープ・アーキテクトを経て、商業不動産や建設、プロダクト戦略、職場環境づくりに携わってきた。シドニー工科大学で博士号を取得。「好奇心」がキャリアを豊かにしてきたと語る。現在は建材メーカー「CSR」でデザイン・イノベーション・リーダーを務め、専門知識を活かしたコンサルティングとプロダクト開発を手がける。

Q&A

「あいだ」に宿る ウェルビーイング“We-Being”を 叶えるためのキーワード

「つながれる空間や文化」

私たちは、他者とのつながりがあることで安心でき、自分の居場所があると感じられます。つながりは、職場の健康とウェルビーイングに大きく関わる要素でもあります。 大切なのは、人と人とが役割や立場を超えてつながれる空間や場所、文化をつくることです。そうしたつながりがあるからこそ、組織はその先にさまざまなものを築いていけます。

「つながれる空間や文化」についてどんなことを研究していますか?

つながりや帰属意識を育むには、空間の多様性が必要です。静かに集中できる場所、自然光が入る場所、食事をともにできるキッチン、協働できる部屋など、目的や気分に合わせて選べる空間があると、さまざまな人が働きやすくなり、つながるきっかけも生まれます。ただし、空間が変わるだけでは十分ではありません。働く時間を見直すなど、人とつながる時間を価値あるものと認める企業文化が何より大事です。

Interview

キーワードやエピソードの周辺には、どんな想いがあるのでしょうか。お話を伺いました。

「つながり」を求める時代

──ブラウンさんは、ウェルビーイングを叶えるために何が大切だと考えていますか?

私たちが生きる時代は、変化がめまぐるしく、先を見通しづらい時代です。だからこそ、他者とのつながりは安心感をもたらします。職場でも家庭でも、自分のことを知り、つながりがあり、信頼できる人がいることは、私たちのウェルビーイングを支える重要な要素です。 人間には、他者とつながりたいという基本的な欲求があります。そして、他者とのつながりは、健康やウェルビーイングを左右します。それは東京であれ、シドニーであれ、ロンドンであれ、どこにいても変わりません。

──他者とのつながりは、健康やウェルビーイングにどのような影響をもたらしますか?

他者や集団との関係が、個人の健康やウェルビーイングに影響を及ぼすことが、多くの研究で明らかになっています 。たとえば、人は他者と双方向のやりとりをすると、脳波のリズムが同期し始めます。こうした反応は、同じ空間で顔を合わせ、関わることの大切さを示しています。一方、デジタル上のコミュニケーションでは、こうした脳波の反応が同じようには起こりにくいと言われています。 さらに、心身への影響は脳波の同期だけにとどまりません。人との関わりやつながりは、「幸福ホルモン」と呼ばれるオキシトシン※の働きとも結びついています。

※オキシトシンは社会的な結びつきやストレス反応の調整に関わる神経ホルモンで、ウェルビーイングにも関係します

職場のウェルビーイングに必要なこと

──ブラウンさんは「職場の健康とウェルビーイング」が専門です。企業からどんな課題について相談を受けることが多いですか? 具体的な研究内容や、トレンドについて教えてください。

コロナ禍以降、世界中の多くの組織が、社員のエンゲージメントにあらためて目を向けるようになっています。働く場所が分散するなか、組織への帰属感や人とのつながり、エンゲージメントをどう育むのかが、大きな課題です。 過去に支援したとある企業でも、エンゲージメントが低下し、社員がオフィスに出社しなくなっていました。生産性が落ち、コミュニケーションに行き違いも生まれていました。出社しない理由を聞いてみると、ライフステージや住んでいる場所、通勤時間が大きく影響していると分かりました。 一方で、社員が「一緒にいることの価値」を理解していないことも見えてきました。それを理解してもらうには、「なぜ」を共有する必要があります。なぜ人と関わり、つながり、帰属感を持つことがウェルビーイングにとって重要なのか。 職場の本当の課題は、物理的な空間そのものよりも、エンゲージメントや人とのつながりをどう取り戻すかにあります。 企業は、生産性やエンゲージメントを高めるためにさまざまな取り組みを行っていますが、健康とウェルビーイングがなければ、そうした取り組みはそもそも成り立ちません。すべては健康とウェルビーイングから始まり、ほかのことは自然についてくるものです。

──まさに職場での「We-Being」ですね。これを叶えるためには、何が必要なのでしょうか?

つながりのなかで生まれる「We-Being」を育み、持続させるには、やはりリーダーシップが重要です。たとえば、階段を使うことや、仕事中に立ち上がること、質のよい空気を取り入れ、自然光を浴びること。リーダーが率先してそうした行動をとることに意味があります。 そして、健康やウェルビーイングを支える物理的な空間を用意するだけでなく、その空間をどう使い、なぜそう使うのかまで伝えることです。理由を説明しなければ、人はこれまで通りの働き方に戻ってしまいます。企業が健康やウェルビーイングをどう捉え、どれほど大切にしているのかも、そうしたリーダーのふるまいに表れます。 組織に共通の目標があり、その組織が何のために存在し、何を大切にしているのかを一人ひとりが理解していることも、働く人の健康とウェルビーイングに深く関わることがわかっています。

多様な選択肢がある空間

──職場のウェルビーイングやWe-Beingにとって有効なのは、具体的にどんな空間でしょうか。

いい職場環境にはいくつかの条件があります。まず大切なのは、空間や働く場所に多様な選択肢があることです。デスクや椅子のある席だけでなく、気軽に話せるラウンジ、会議室、共同作業ができる場所、立ったまま仕事ができるスペース、ベンチ型の席などです。 空間や働く場所に多様性があることで、多様な働き方ができるようになります。人はその日の気分や体調、取り組む仕事の内容に応じて、必要な場所が変わります。深く集中して作業をしたいときには、静かに一人で過ごせる場所が必要です。人と交流したくないときには、落ち着いた場所。一方で、共同作業をするときには、気軽に話しやすい 空間が欠かせません。 そうした多様性が、企業の文化やパーパスとどう結びついているかも重要です。文化やパーパスが、空間のあり方や全体のデザインを支える土台になるからです。 もう一つ大切なのは、組織が、働く人たちの健康やウェルビーイングの向上に取り組んでいることです。心身が健康であってこそ、人は幸せに、そして生産的に働けるのです。

シドニーで開催されたトークセッションの様子。多くの参加者の前で投影した資料の説明を行なっている。

「週4日勤務」の選択肢

──未来に向けて、We-Beingをさらに育むために、どんなアイデアをお持ちですか?

We-Beingを実現するために、これから取り組んでみたいのは、週4日勤務を広げることです。労働時間を減らすことは、健康やウェルビーイングを向上させる最も効果的な方法だと思います。これだけテクノロジーが発達しているのですから、もっと効率よく働けるはずです。 2023年のデロイト・オーストラリアの調査では、生成AIを毎日使う人は、週に5.3時間を節約できるとしています。AIによって働き方を効率化できれば、新たに生まれた時間を、他者とつながるために使うことができます。 大切なのは、社員が自分自身をいたわり、他者とつながるための空間と時間を、組織が認めることです。同僚と昼食をとることを「時間の無駄」と判断する企業もありますが、前向きに受け止める企業もあります。そうした時間は、同僚との距離を縮め、つながりを生みます。結果的に仕事の話につながることも多く、企業にとって価値があると言えます。 オーストラリアでも、週4日勤務を取り入れ始めている企業があります。週37〜40時間ほどの労働時間を4日間に集約し、1日を休みにすることが多いです。 特に、中小企業が週4日勤務を試しています。大企業のような給与水準でない場合でも、柔軟な働き方といったウェルビーイングにつながる価値を提供できるからです。また、20〜30代は人生を楽しむために、より柔軟で、労働時間の短い働き方を求める傾向があります。

まずは顔を合わせて、声をかけることから 

──We-Beingを叶えていくために、私たちにすぐにできることはなんでしょうか?

いま、私たちはアプリやテクノロジーを通じて、いつでも誰かとつながれるようになりました。一方で、人と人が直接つながる機会は、かつてないほど減っているように思います。若い世代の孤独やメンタルヘルスに関するデータを見ると、孤独感が高まり、心の健康状態が悪化していることがわかります。 つながりが生まれ、We-beingが育つ社会をつくるために、私たちにできることはとてもシンプルです。スマートフォンを置いて、身近な人と話してみてください。近所の人に声をかける。電車やバスで隣にいる人、コーヒーを買うときに出会う人と少し話してみる。職場の同僚にも、スマートフォンを見るかわりに、「週末はどう過ごしましたか」と声をかける。そうした小さなことから始めてみてください

シドニーの講演会後に、参加者と一緒に撮影された写真。ワインを片手に3名の参加者と写真に写っている。
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