
これからの幸せの手がかり
「ワ(和・環)」
学校法人うつほの杜学園 理事長
仙石恭子
1979年生まれ、和歌山市出身。慶應義塾大学環境情報学部卒。イタリア留学や会社勤務を経て、ワインの輸入事業に携わる。2020年のコロナ禍に「学校がないと思うなら、自分で創ろう!」とひらめき、学校設立を決意。家族でUターン移住した。2025年4月、和歌山県田辺市に探究型グローカル小学校・うつほの杜学園小学校を開校し、理事長に就任。一人息子も入学した。IB国際バカロレア教員資格。
Q&A
「あいだ」のウェルビーイング“We-Being”を叶えるためのキーワード
あらゆる命を受け入れ、調和と平和を重んじる「和」の概念は、世界で学ばれるべきキーワード。さらに日本では、まず「私が何者か」を認識し、コミュニティのウェルビーイングを考えながら、多様性を認め合い共創する新しい「ワ(和・環)」へ。うつほの杜学園では「うつほのワ!」の掛け声とともに輪になり「ワ」のポーズをする習慣が根付いています。
それを実感したエピソードは?
毎週行われる「うつほ会議」では、子どもたちからたくさんの提案が寄せられ、話し合いながらルールを作ります。これは「みんなで学校を創る」という学校コミュニティの根幹をなす実践です。学校は子どもにとって小さな社会そのもの。この場での経験を通して、子どもたち自身が個性や多様な価値観をもつ集団であることを深く理解するようになります。
Interview
キーワードやエピソードの周辺には、どんな想いがあるのでしょうか。お話を伺いました。
一人ひとりの声を起点に、コミュニティのウェルビーイングへ
——学校法人うつほの杜学園(以下、うつほの杜学園)は「ウェルビーイング・コミュニティスクール」を掲げ、ウェルビーイングを軸に据えながら、長期的な視点で学校づくりや学校運営をしています。仙石さんは、「ウェルビーイング」とはどのような状態だと捉えていますか?
うつほの杜学園は「ウェルビーイング・コミュニティスクール」を提唱していますが、「ウェルビーイング」を大切にした学校にしようという考えが、最初から決まっていたわけではありません。学校設立の過程で、今の学校教育が抱える課題や、設立メンバーそれぞれの想いについて長い議論を重ねるなかで、自然とたどり着いた上位概念でした。開校後は常に「これはウェルビーイングにつながっているのか」という問いと向き合いながら、学校組織を形づくり、運営しています。 私たちにとってウェルビーイングとは、「心身ともに健やかで、ご機嫌な状態」であること。そして、自分自身のウェルビーイングをセルフコントロールできる力を身につけることが大切だと考え、実践しています。一方で、ウェルビーイングは個人だけで完結するものではなく、自分が所属するコミュニティ=共同体もまた、ウェルビーイングな状態であることが欠かせないと考えています。なぜなら、人は一人で生きていくことはできないからです。そこで生まれた考え方が、「ウェルビーイング・コミュニティスクール」です。

——「ウェルビーイング・コミュニティスクール」とは、どのようなものなのでしょうか?
うつほの杜学園が考える「ウェルビーイング・コミュニティスクール」とは、一人ひとりがウェルビーイングであることを大切にし、みんなで探究し、関わり合いながら、よりよい社会を共創する学びの共同体のこと。これは学校を一本の大きな木に例えるなら、木を支える「根」にあたる重要な考え方にあたります。学校が子どもたちだけでなく、教職員や保護者、地域の人々にとっても安心・安全でウェルビーイングな場であることを目指し、「環境・人間関係・健康・組織システム・サステナブル」という5つの軸をもとに、日常的に実践、振り返り、改善に努めています。
——「ウェルビーイング・コミュニティスクール」を実現するために、どのような基盤をつくり、実践していますか?
まず、互いの多様性を認め合い、誰もが安心・安全に過ごすことのできる「ルールづくり」が必要だと考えています。大切にする価値観や幸せを感じる条件など、ウェルビーイングの感じ方は人それぞれ。だからこそ、このコミュニティが目指すウェルビーイングを明確にし、それを実現するための仕組みやルールを共有することが大切です。 また、誰もがルールづくりに参加でき、自分の意見や声を安心して届けられる土台も必要です。コミュニティに主体的に貢献し、自分の居場所と役割を見つけていくプロセスも、ウェルビーイングにつながると考えているからです。 そして、ルールづくりの場に参加し、対話や合意形成に関わっていくためには、最低限のスキルやリテラシーを身につけることも大切だと考えています。うつほの杜学園では、毎週「うつほ会議」という子ども会議を開き、実践を重ねています。その場には、大人からの提案はもちろん、子どもたちからもたくさんの提案や声が寄せられます。自分たちの声を通してコミュニティをかたちにしていくプロセスは、シティズンシップ教育であり、学校が小さな社会そのものである子どもたちにとっては、社会そのものを学ぶこと。この経験を通して、子どもたち自身が、個性や多様な価値観をもつ集団であることを深く理解するようになるのです。

学校と地域の関係性を再定義する、地域に開く学校づくり
——うつほの杜学園の学校づくりは、地域の方々が学校に「関わる」だけでなく、地域の方々を巻き込み、「みんなで創る」プロセスをとっています。地域の方々にも学校づくりを開くアプローチを取ったのは、なぜでしょうか?
教育、そして学校は、地域社会にとって希望の要だと思います。子どもたちは、私たちの社会の未来そのものだからです。ところが、自分の子どもが小学校に入学するにあたってあらためて調べてみると、今の日本には、子どもたちが「行きたい」と思える学校、親が「行かせたい」と思える学校は、決して多くありませんでした。学校の統廃合が進み、日本全国で学校数は減少。地方では少子化もより深刻で、うつほの杜学園のある和歌山県田辺市でも、子どもの少なさを目の当たりにする日々です。それでも、子どもたちが真に幸せに学ぶことのできる学び舎を創ろうと学校設立を決断すると同時に、そんな学校を地域の人々と共に創ることができたなら、それは地域に大きな灯をともすことにつながるかもしれないと感じ、「みんなで創る」に挑むことも決めました。 また、うつほの杜学園では、学校づくりにおいて「世界・地域・自然とつながる学校」をコンセプトとしています。このコンセプトを掲げるからこそ、学校をつくる過程そのものも、多くの人や地域とつながるプロセスでなければならないと考えました。
——「世界・地域・自然とつながる学校」として、どのような取り組みをしているのでしょうか。
例えば、学校のランドスケープや野外空間を、コミュニティのみんなで創ることにも挑戦しています。学校裏の竹やぶから切り出した竹や、紀州杉の産地でもある学校周辺・中辺路(なかへち)エリアの杉の丸太など、地域の素材を活用しながら、竹垣や竹暗渠(あんきょ)、すべり台、見晴らし台などをみんなで創る定期的なイベントを開いてきました。 ランドスケープデザイナーや大工の方々にも協力いただきながら、子どもたちと一緒に自分たちの場を創造していく。そのプロセスは、参加したすべての人々にとって、かけがえのない豊かな時間となっています。また、みんなで創る過程そのものが、完成した場に深い意味と価値を生み出していると感じました。

対話を起点に——学校が地域のウェルビーイングをつくる
——学校づくりのプロセスでは、地域の方々とどのように関係を築きながら、構想を実現していったのでしょうか。
学校は一人ではつくれません。実現に向けて、まずは構想を聞いていただき、共創の輪を広げ、ともに立ち上げをになってくれるパートナー探しが重要だと考えていました。また、設立資金を集める必要もあります。保護者や教育関係者、そして地域の企業などあらゆる方々にお会いすることで、仲間や応援者を広げていきました。 また「学校」という特異性から、特に自治体との連携は欠かせません。現在うつほの杜学園小学校となっている廃校に出会ってからは田辺市長や地元議員の皆さまをはじめ、地域の方々に構想を聞いていただくことにもさらに時間を割きました。うつほの杜学園が行おうとしている「探究型グローカル教育」がなぜ今必要なのか、この町にうつほの杜学園ができることでどのような未来が生まれるのか。考えを語り続けた結果、もともとの学校区の区長の皆さまから田辺市長宛てに「未来の学校を誘致してほしい」という要望書を提出していただく流れが生まれ、地域住民、田辺市、うつほの杜学園設立準備会の三者協定を締結することができました。 最終的に、開校までのおよそ5年間で2,000人を超える方々に構想を聞いてもらうことができ、これは学校の実現につながっていると思います。
——学校ができるまでのプロセスそのものを、たくさんの方が伴走し、応援してくださったのですね。開校後は、そうした方々とどのような関係性が生まれているのでしょうか?
「みんなで創る学校」を貫いたことにより、地域の皆さまには開校間もない頃から温かく迎え入れていただきました。開校記念式典では、県知事や市長、地域の方々、支援者、共創パートナー、友人ら参列者全員でテープカットを実施。それは、学校に関わったすべての人と紡いできた時間と想いが、一つの形になった象徴的な瞬間でした。 また、現在では授業やアフタースクールを通じて、地域の方々や共創パートナーの企業の皆さまと日常的につながり、多くのサポートをいただいています。その結果、相互にウェルビーイングな関係が生まれています。また、中辺路エリアでは新たなプロジェクトも立ち上がり、それぞれが連携し合うなど、地域全体のウェルビーイングが高まっていることも実感しています。
個々を尊重し、多様性を認める新しい「ワ(和・環)」のあり方
——「みんなで創る」ことには、どのような価値や可能性があると思いますか?
私たちは日々、リアルなコミュニティだけでなく、多くのバーチャルなコミュニティにも属しながら生活しています。そんな時代だからこそ、物理的な地域コミュニティへの所属や、人と場を共創していくことが重要です。それは、これからますます人間らしさを保つうえで、欠かせないものになっていくのではないかと感じています。
——地域の人々と手を取り合い、一つの場所をつくったように、「みんなで創る」ことを推進するうえで、最も大切なことは何でしょうか。
「ワ(和・環)」だと思います。日本ならではの、あらゆる命を受け入れ、調和させ、平和を重んじる「和」の姿勢は、国際社会において今こそ見直されるべき価値観ではないかと思います。一方で、これからの時代における「和」のあり方は、さらに進化していくべき概念でもあると考えています。本来、日本人にとって集団と個の境界は非常にあいまいであり、「個」という概念そのものも比較的新しい考え方です。また、集団の和を保つために、さまざまなものや人を排除してきた側面があったことも事実です。だからこそ、これからは一人ひとりを尊重し、多様性を認め合ったうえで、手を取り合う大切さを認識する必要があります。 うつほの杜学園では、日々「うつほのワ!」という掛け声とともに、子どもたちや教職員が輪になって「ワ」のポーズをすることが習慣になっています。小学校という場所は、地域コミュニティの中心です。そして、子どもたちは地域全体の宝であり、未来そのものです。うつほの杜学園小学校に限らず、人間としての土台が育まれる7歳から12歳の子どもたちを、学校だけでなく地域の大人たちも一つのコミュニティとして関わりながら見守り、共に「和」を育んでいくこと。子どもを真ん中に据えた学びのコミュニティを、みんなで創り続ける営みこそが、これからの地域社会における最も重要な要となるのではないかと思います。










